『 エイリアン・コヴェナント 』を観てきました。

これも、かなり好意的なレビューですが、ネタばれの点も多く、未見の方はご留意ください。

またまた、作品そのものとは直接関係ない、例によってゴタクも多いので、ご容赦ください。

( ネタばれあり)

リドリー・スコットは『 GIジェーン 』『 グラディエーター 』『 ハンニバル 』あたりから、僕の好みとは合わなくなってきて、最近の作品はずっと観てませんでした。

今回予告編を見て食指が動き、エイリアンものだし、ひさびさの劇場での鑑賞。

『 エイリアン 』『 ブレイドランナー 』は別格なので、比べるのはむしろないものねだり。  期待には十分応える内容で、『 ダンケルク 』と同じ日に観たのですが、イギリス人監督の2作品を大いに堪能することとなりました。

本作の感想はエイリアンを観に行ったら、ブレードランナーが観られたという感じ・・・ですが、正確に言うと、古典的なSFテーマが改めて再構成されていて、そこがよかったです。

生命の誕生は物質の化学反応による偶然か、創造主は存在するか、というのは、SFの起源である「フランケンシュタイン」からの、キリスト教の価値観とも絡んだ古典的なテーマで、多くの作品が連綿と作られてきました。

 ( 本作でもバイロンシェリーの詩が出てきて、「フランケンシュタイン」創作の元となったディオダディ荘の怪談談義を連想させます)

『 2001年 』で取り上げられた第1のテーマもこの点で、モノリスインテリジェント・デザイン、すなわち何かの知的創造者の存在を表したものでした。

そこからさらに、人間と機械(ロボット)の違いは何か、という問いが生まれます。

それを魂とするならば、では魂とは何か。と、さらに問いは進んでいきます。

これもフランケンシュタインから、『2001年』のHAL、『ブレイドランナー』のレプリカント、「攻殻機動隊」と語られてきて、本作でもそれが改めてのテーマです。

『 2001年 』では、モノリスの啓示を得て知性を獲得したサルは武器を作り、敵を殺すことで人間となります。 HALは人間を殺すことで、人間に奉仕する機械から自己のある存在となります。優者は劣者を殺す。 それが次のステージに上がること。もし神が存在しないなら、何を畏れるのか? もし自分が生命を想像できるなら、不完全な生命をなぜ殺してはいけないのか? 神の領域に踏み込む人間の、重いですが、SFの根源的なテーマです。

本作は実は『プロメテウス』の続編にあたりますが、ぼくは未見で、本作鑑賞後観ました。

観なくても本作は独立した作品として観られると思います。

むしろ、本作を観ると、『プロメテウス』がより理解できます。

本作でマイケル・ファスベンダーがデヴィッド、ウォルターの2体のアンドロイドを演じます。 デヴィッドは『プロメテウス』にも登場しますが、映画『アラビアのロレンス』が好きで、本作でもロレンスが一人ファイサル王子のもとへ向かうシーンで歌う歌を口ずさみますし、両作品でピーター・オトゥールのセリフをそらんじます。

ロレンスという人物の二股者ともとれる矛盾した存在が、デヴィッドのキャラクターを表しているでしょうか。

正直、本作は映画の途中でストーリーの展開が読め、結末が予想できます。

ただ、オチのわかったジョーク、犯人のわかったミステリーがつまらないかどうかは判断が分かれるところで、巧みな作品の場合、それはお約束であって、決して興をそぐものではなく、本作の場合、ぼくは成功していると思います。

またお約束といえば、エイリアンのおぞましさ、怖さは改めてよくできていて、その使い方は『 プロメテウス 』よりもうまくいっていて、冒頭のシーンからの映像美といい、御年79歳のリドリー・スコット、おみごとな出来栄えだったと、ぼくは思います。